日々是四面楚歌

いい大人があれこれ語るひっそりしたブログ

敵の敵は味方

   

冬の札幌の話をしよう。

人口195万の政令指定都市、札幌。面積は東京23区の2倍弱。北緯43度に位置する都市は他にもあるが、同じ人口規模で札幌のように都市機能を担い、観光スポットまたはそのハブとして機能し、かつ札幌ほどの年間降雪量を記録する都市は世界的にも珍しいという。

札幌市の年間予算には主要道路の除雪作業の費用が組み込まれており、この除雪費は冬の間売上が激減する土建業各社の、冬季間の売上を補填する主要な事業の柱にもなっている。夕方過ぎや夜半に一定量の降雪がみられると、翌朝の交通の混乱を防ぐために除雪車が出動し排雪作業にあたる。深夜から始まる作業は夜を徹して行われることも珍しくない。

いわゆる山の手にあたる市南西部の地域には、融雪剤の散布やロードヒーティングによる路面の融雪機構が欠かせない。歩道付近や傾斜のついた路面、アンダーパスなどの凍結しやすい場所には滑り止めのための砂箱が備え付けられている。この備え付けの砂は道路管理者だけでなく一般市民が使うことも多く、またそれが許されている。滑りやすい路面に砂を撒いて車の制動距離を短くし、あるいは歩行者が凍結路面でも歩きやすくするための工夫である。こうした自発的行動は単に善意に由来するのではなく、事故を未然に防いで己と他の安全を守るための知恵、コモンセンスの一つである。

このように、人と街が雪対策のため凝らす工夫や知恵、システムを備えるという点で、札幌を含む北海道の各都市においては雪の少ない地域との違いがある。道路事情だけでなく暖房設備、建物の構造、食生活その他あらゆる部分で、雪や寒さと共存し、生活を営むための工夫がある。

それでもなお天候条件の悪化の前には苦戦を強いられることがある。

 

 

積もった雪も踏み固まった年明けのことだったと記憶している。その時期としては異例の暖気によって、その日は半シャーベット状となった雪により路面の状態がかなり悪化していた。例えて言うなら、凸凹と水たまりだらけの広大な砂場を通行するようなものである。歩行者は水たまりとシャーベットの山を避けて足元を常に気にして歩かねばならず、行き交う車もまた轍にハンドルを取られがちで低速走行を強いられていた。このような状態になると、シャーベット状の雪を排雪する作業は幹線道路を除けばほぼ行き届かず、通常の積雪時にも増して路面環境は悪化する。通り一本の違いで驚くほどの悪路となることがある。

そんな中、中小路の小さな信号のない交差点付近で、猫のマークでおなじみの某運送会社のトラックが湿った雪にタイヤを取られて立ち往生していた。どうやら積み上げられた雪の山に誤って突っ込んでしまったようで、自力での脱出を幾度か試みたドライバーが降りて自車と周囲の状態を確認している。私はと言えば、長い信号待ちの後方でノロノロ運転の最中。抜け道もなかったため、見るともなくぼんやりとやや遠くの立ち往生の様子を見守っていた。

すると別の方角から、飛脚のマークで有名な別の運送会社のトラックがやってきた。マンション入り口で停車し荷物を届けて自分の仕事を終えて戻ってくると、自分の車に乗り込むかと思いきや、ライバル会社のトラックへ近付いていった。

何をする気だろうと思って見ていると、そのドライバー(以下飛脚)は立ち往生しているドライバー(以下猫)に向かって何か言っている。周囲の状況を見渡しながら話す飛脚と猫。ほどなく飛脚が自分のトラックに戻り、猫のトラック付近に自車を着けたかと思うと、ショベルとロープを手にとって猫の元へ戻った。借りたショベルで猫が自車周りの雪を排除する間、飛脚は自分のトラックを方向転換させて、自分のトラックと猫のトラックをロープでつなぎ始めた。

 

そう、彼らは共に雪と闘っていた。

予想もしなかった連携だ。

同じ会社の者同士ならいざ知らず、同業他社の者同士が状況を打破するために協力し合っている。仮に会社間のライバル意識を抜きに考えても、面倒なことには出来るなら巻き込まれたくないはずなのに、である。

 

この話を美談と捉えるのはたやすい。実際私も、この展開に美談めいたものを感じた。もしかするといまのこの筆致にもそれがにじみ出ているかもしれない。しかし一歩退いて考えると、飛脚と猫の間には資本や雇い主の違いこそあっても、個人レベルでみれば同じ仕事に従事する者だからこそ共有し得る苦労や共感があることは想像に難くない。あるいはもっと打算的に考えたとしても明日は我が身、である。

実際、運送業に携わる知人もまた、他社のドライバーと出くわせば、交通状況その他の配送を円滑に進めるための情報を交わし合うことがあると言っていた。くだんの飛脚と猫の間にも、もしかするとそういった関係が予め構築されていたのかもしれない。もちろん人それぞれ違うから全ての「運送屋さん」が同じことをしているとは断言できないが、それでも今の自分を阻む目の前のものが何であるかを考えた場合、時として背負う看板を超えた「敵の敵は味方」という考え方だって成り立ち得るのだろう。

 

脱出劇の一部始終を目撃した私は、相変わらずノロノロとしか進まない渋滞の列の中で何とも言えない気持ちを味わっていた。思いがけない脱出劇を目撃したことで、少なくとも悪天候の中集金と外回りをせねばならない己の身を呪う気持ちは、幾分かは和らいだのだった。

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